五章 真昼の襲撃(3) |
減速した馬の背から飛び降りた可流紗の足に、大地の触れる軽い衝撃が走った。 今や耶玖だけが乗り手となった栗毛の馬が速度を上げて砦へと駆けていく。 それを素早く確認した後、可流紗は眼前へと迫ってきている男へと鋭い視線を向けた。 馬の手綱を引き絞り、男が可流紗の目前で馬の足を止める。 馬が低く嘶き、馬蹄が草を散した。 集落から出たことにより、今や大分喧騒は薄れている。可流紗と馬上の男の周りにはほとんど人影が無かった。 山間から流れてくる風が可流紗の外套を煽る。 音を立てて揺れるそれを、男は馬上から実に興味深そうに観察している。 ―――わかっているのか、いないのか。・・・半信半疑というところか・・・。 男の不躾な視線を受けながら、可流紗は冷静に判断を下していた。 おそらく目の前にいるこの男が月姫失踪の事実を知っていたとしても、剣を取り馬を乗り回すという行動をしている可流紗がまさか月姫であるとは思えないでいるのは当然といえば当然と言える。 ―――それにしても、忌々しい。 軽く舌打ちをしながら、少女は男の興味を引く原因となった金の瞳を僅かに細める。 月姫としての刻印―――。その金の瞳がまたしても自らの足枷となっているこという事実に、可流紗は自らの目を抉り取っておけば良かったという物騒な考えがこみ上げてくることを押さえることが出来なかった。 「おい、いい加減その鬱陶しい外套を取ったらどうだ?」 一通り可流紗の全身を観察し終わったらしい男が、にやりと笑みを刷き可流紗に声を掛けてきた。 堂々と背を伸ばし、だが、どこかふざけた雰囲気を漂わす男。 無言のまま佇む可流紗に、男が馬上から剣の切っ先を外套に掛けようとしてくる。 しかし可流紗に触れる直前、それは金属の触れ合う涼やかな響きと共に振り払われた。 「貴様がその手で取って見ればいいだろう?それとも私と剣を交える程度の度胸もないのか?」 目深に被った外套の下から覗く口元に不敵な笑みを浮かべ、可流紗は男に低い声で告げていた。 相手が馬上にいるという今の状況は、あまりにも可流紗にとって不利であった。 相手をなんとか挑発に乗せ、自ら馬を捨てさせる必要がある。今の圧倒的有利な条件を男が手放すかどうかはかなりの賭けではあったが、少女は何故かこの男に酔狂な気配を感じていた。そう、いうなれば、どこかしら埜白に感じていたそれと同じものを。 だからこそ、可流紗の挑発を挑発と知りながら、男は同条件での勝負を望んでくるのではないかと思えたのだ。 「なかなか言うじゃないか。オレとさしでやって勝てると思ってるのか、お嬢ちゃん?」 揶揄するように最後の言葉を男が強調する。 可流紗は敢えて肯定も否定もしない。 男を挑発するつもりはあっても、自らが男の挑発に乗るつもりなどさらさらなかった。 男の持った剣の切っ先をなぎ払ったままの姿勢で掲げていた自らの剣、それを可流紗が静かに降ろす。 ぴたりと男に視線を合わせ、可流紗は高らかに言い放った。 「もちろんそのつもりだ。」 馬上の男が一声刷き捨てるように笑い声を漏らした。 「では、お手並み拝見といこうじゃないか。」 男がその体躯からは想像出来ないほどの身軽さで馬上から飛び降り、薄い草の下にある乾いた土が舞い散った。 ―――予想以上に、厳しい戦いになるかもしれない。 男に気づかれないよう可流紗がぶるりと身震いする。そして、自らの中に眠る血に呼びかける。 ―――お願い、今私は死ぬわけにはいかないの。・・・私が古の騎士の血族に連なるものだというのなら、その力を貸して。 男の剣がその切っ先を―――上げた。 土煙と大地を蹴る音。 可流紗は高揚する心を理性で押さえ込むと、男の剣の重さを自らが持った剣を通じてその細い腕に響かせた。 |
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