Act.04 人魚は閃に迫るもの? |
――――――翌日。 芽衣は珍しく、外出していた。 独りで外に出すのは甚だ不安であるのだが、どうしても一人で出かけたいと芽衣ががんばり、閃は仕方なく、折れた。 日曜日の昼下がり。 さしずめ昼メロでいうならここで間男でも登場するところであるが、あいにくそんな心当たりのない閃は、ぼんやりと講義のテキストを炬燵の上に広げていた。 ―――暇だ。 いや、正確にはすることはあるのだが、芽衣がいないだけでさっぱり何もする気が起きない。 いままでこんな経験のない閃には、とても妙な気分だった。 ―――オレ、よもや芽衣に――――惚れたのか、な。 突然湧いた考え。ぼんやりしている閃。 「あはははは。」 自分の考えに、思わず乾いた笑いが漏れた。 炬燵に入りながらひとりで突然笑い出す青年。かなり怖いものがある。 しかし、突っ込んでくれる相方のいない今、閃の笑い声は乾いた空気の中に拡散していった。 ―――まさか。まさか、な。オレのことを配膳係としか思っていない相手だし。 ―――そりゃ、笑うとかなり、可愛い。強気なことをいっても、その実涙もろかったり、とか。 閃の顔が、引き攣る。 ―――こりゃ、まずい。真面目に、不味すぎる。 なにせ相手は素性の知れない少女である。 いまのところ閃が知っている芽衣の身元はすべて自称、なのだ。 しかも、その自称がまた問題で・・・・。 ―――人魚は、不味い。―――不味いだろう、オレ―――不味い、でも。不味い、けど――――――。 頭を抱え、一人唸りだす閃。 ―――はじめは成り行き。じゃあ、今は? 昨日答えの出なかった自らの問い。閃は、やっと答えがわかったきがした。 こればかりは、理性でどうすることもできない。 ―――どうやらオレは、あの自称人魚に――――惚れているらしい。 漸くたどり着いた解答に、閃が―――――苦笑した。 そろそろ日が傾き始めていた。西日の最後の残照が部屋に差し込んでいる。 そんな中、いまだ帰ってこない芽衣を心配しながらも、芽衣への不可解な自分の思いがなんであったのかはっきりした閃は、張り切って夕飯の準備をはじめていた。 トゥルルルル、トゥルルルル――――――。 そこへ、電話の呼び出し音である。 ガスレンジにかけていた鍋の様子を見ながら、閃がガスを止めた。 軽くタオルで手を拭い、急いで受話器を持ち上げる。 この当たり、完璧に主婦の行動であるが、閃本人に自覚は皆無だ。 「はい、もしもし?」 心持軽やかな声で、閃が電話にでる。 『よお、高波。』 やや低めの男の声が受話器越しに聞こえていた。 聞き覚えのある声。 しばし考えてから閃が「―――えーと。高倉?」というと『おお。』と答える声が返ってきた。 大抵大学で会える為、高倉から閃に電話がかかってくるというのは、ごくごく稀なことである。 高倉に見えないとは判っていても、「何?めずらしいな。」といいながら閃は首をかしげた。 それに対して、高倉がちょっと笑いながら『いきなりなんだけどよ。お前さ、今暇?』とたずねてくる。 本当にいきなりだなと思いながら「暇じゃない。」と閃が答えると、受話器越しに高倉のこれ見よがしな溜息が聞こえた。 『即答かよ。―――まあ、彼女いるんじゃ、仕方ないか。』 「彼女?」 彼女、このところ縁の無かった言葉が閃の頭の中を巡る。 『この間、迎えに来てた子。そうなんだろ?』 「あ、いや、違う。」 そういえば、芽衣が大学に来たことがあったと思い出し。 高倉が知っていたことにやや驚きつつも、閃が否定した。 噂というのは、いつのまにか広がっているものなんだなと妙な所に感心してしまう。 『なんだ、そうなのか?じゃあ、ちょっと出てこいよ。―――合コン、メンバーたりなくてさ。』 「遠慮しとく。」 合コン、高倉の用件はそれだったらしい。だが、閃に参加する気は皆無だった。 なにせ先程、自分の気持ちに気づいたばかりである。 『―――だよな。断られるとは思ったんだけど、一応な。』 どうやら、最初から閃が参加するとは思ってなかったらしい高倉の答えに、閃が笑いを漏らした。 「悪いな。彼女は、欲しいんだけど。―――まあ、今のままじゃ、ちょっと無理かな。」 なにせ、閃が彼女を作る為には、まず芽衣がその気になってくれなければならない。 閃の現在位置は配膳係なのだから、そこからかなりの距離を詰めなければならない立場なのだ。 『なんだ、彼女、欲しかったのか?』 珍しく話に付き合おうかという閃の態度に、高倉が実に意外そうな反応を示す。 閃が「まあ、人並みに?」と軽く答えれば、電話の向こうから高倉の笑い声が聞こえた。 『へえ?お前って枯れて見えるから興味ないのかと思ってた。』 「はは、かもな。でも、別に枯れてはない―――――・・・」 「なによ!!それって私がいるから彼女も作れないって事!?」 突如として聞こえた芽衣の怒鳴り声に、閃は真剣に心臓が止まる思いだった。 振り向いた閃の視界に芽衣の姿が映る。 バサッ。芽衣の手から乱暴に紙袋が閃めがけて放り投げられた。 閃の体に当った拍子に、紙袋の中身が外に滑り出る。閃の視線がそちらに向いた。 長細い毛糸質の――――それは、水色のマフラーだった。 どうやら昨日閃のマフラーを借りたことを気にして、芽衣は自分のマフラーを買いに行ったのだと、閃は暢気に考えていた。 ――――芽衣にはちょっと地味じゃないのかな。 しかし、閃がマフラーに気を取られている間にも、先ほどの閃の言葉を耳にしたらしい芽衣は、何故か顔を紅潮させながらぎっとばかりに閃を睨みつけていた。 堅く握り締めた両手の拳がふるふると震えている。 僅かに涙目になっているのは閃の気のせいでは、ないだろう。 芽衣が、ダンッと閃に向けて一歩を踏み出した。その勢いにのってか、威勢良く口を開く。 「なによっ、閃の馬鹿ぁ!!そんなに彼女が欲しいなら、私がなってやるわよ!」 「め、芽衣?」 突拍子も無い芽衣の言葉に、流石に閃が怯んだ。 幾らなんでも、これでは売り言葉に買い言葉だろうと、閃の言葉を誤解しているらしい芽衣の真意を測りかねた。 ずんずんと芽衣が閃に突進してくる。 閃のすぐ傍までくると、がしゃんと芽衣の手が閃の握っていた受話器を引っ叩いて電話機ごと叩き落した。 通話が切れたのであろう音が、受話器から漏れ聞こえる。 ―――高倉、妙に思っているだろうなぁ。 芽衣の剣幕に押されながら、閃はぼんやりとそんなことを考えていた。 芽衣の細い腕にぐいっと襟元をひっぱられ、閃の上体が前方に向って傾ぐ。 ―――――――――芽衣の唇が、閃の唇に、触れた。 僅かに震えている芽衣の唇の感触に、閃が呆然とする。 「芽衣、何?」 「彼女作って、したいんでしょ?だから、私が――――させてあげる。」 きっと閃を見据えながら、芽衣がとんでもない台詞を口にする。 なんでそんな飛躍的な考えになるんだと思いながら、閃がしがみ付いて来た芽衣をあわてて押し戻した。 「ちょ、ちょっとまって。ええっと、させてあげるって、芽衣?」 「なによ!私じゃ、不満なの!?」 「いや、不満とかそういうことじゃ、なくて。」 ―――これは、据え膳なのか、な? ぐいぐい体を押し付けてくる芽衣をぼんやりと眺めながら。 閃は、このまま喰っちゃってもいいのかな、等という不届きなことを思っていた。 |
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