Act.05 人魚の逆鱗は判らぬもの?


えらい剣幕で閃に迫っている芽衣。
やや呆然としつつ、ほんのつい先程惚れていると認識したばかりの女の子に迫られている閃。

「なによぉ、どうせ、私じゃ嫌なんでしょう、閃のばかぁ。」

芽衣の細い腕が閃の胸をどんっと叩いた。
今にも泣き出しそうな黒い瞳が、閃を責めているように見える。

―――これは、ちょっと卑怯だよな。そんな顔、されたらなー。

閃が、芽衣の罵倒を浴びながら軽く溜息を吐いた。

「閃の、根性なし。」

芽衣の瞳から涙が一粒零れ落ちたのと、芽衣の腕を閃の手が捉えたのは――――ほぼ同時。

「嫌じゃ、ないよ。――――芽衣、させて?」

「え?」

びっくりしたように、閃を凝視する芽衣。

閃は、芽衣を美味しくいただくことに――――した。



芽衣の掴んだ腕を引き寄せて、座布団の上に押し倒す、閃。
これ以上ないほど目を見開いている、芽衣。

先程とはすっかり立場の逆転した二人である。
だが、芽衣の上に圧し掛かりながら閃にはどうしても気になることがあった。

「芽衣?一つ、聞いときたいんだけど、いいかな?」

「何?」

閃の下で居心地が悪そうに身じろぎしている芽衣が、ぶっきらぼうに閃の質問を許可する。

「芽衣、18っていってたけど――――それってひょっとして人魚の数え年、とか?」

「ええ?違うわよ。ちゃんと人の数え年で私が生まれてから18年。どうしてそんなこと訊くのよ?」

それは、閃の目から見て芽衣がどうみても18に見えないからである。
さすがに、中学生とかだったら不味いな、と閃の理性が告げていたのだ。
しかし賢明な閃は、敢えてその理由は口にしなかった。

「―――いやー、一応道徳観念?はい、じゃ、黙って?」

ぼけぼけと言いながら、閃が芽衣の額に口付けると「な、何それ?」と芽衣が上ずった声で答える。

―――これで心置きなく―――――。

閃は心の中で密かに”いただきます”と手を合わせた。



が。しかし。事はそう簡単には――――運ばないものなのである。

触り心地の良い芽衣の肌をするすると愛撫する、妙に手馴れた閃の仕草に。
芽衣の待ったが、掛かった。

「ちょっ、ちょっと待って!」

「――――?」

慌てて、閃を制止する芽衣の様子に、閃が動きを止める。

芽衣が、肩がほぼ露出するほど脱がされていた服を押さえると、閃を押しのけて起き上がった。

素直に芽衣の上から退きながら、せっかく脱がせたのにと暢気なことを考えている閃を、芽衣が真っ赤な顔で睨みつける。

「な、なななっ、なんで、そんなに手馴れてるの!?閃、初めてじゃ、ないでしょう!」

「え・・・・・・。」

予想外の芽衣の言葉に、閃が言葉に詰まった。

それは、まあ。閃も健全な成人男性である。高校、大学と何人か付き合った女性もいた。
付き合っていれば、そういう関係に発展していたことも、もちろんある。

経験豊富というわけではないが、人並みだろうと閃は思っていたのだが――――。

どうやら芽衣は、閃がはじめてであると思っていたようで。

口を噤んだままの閃に、芽衣が凍りついた。

「ええっと。芽衣?」

下を向いたまま黙り込んでしまった芽衣に、閃がそっと手を伸ばす。

「ふ、不潔よーーーーーーーっ」

突如として顔を上げる芽衣。

どうやら怒りに震えているらしい彼女は、手じかに在った枕でばふっと閃の顔を殴打、した。

閃が怯んだ隙に、芽衣はすっくと立ち上がり。

脱兎の如く閃の部屋から―――――逃げ出していった。


「―――――――。」

思わず、呆然とその後ろ姿を見送ってしまった閃。

しかし、ふと我に返り、とにかく芽衣を追いかけなければと、立ち上がった。
取るものもとりあえず、服だけは適当に着込み、閃も部屋から駆け出していく。

―――なにが逆鱗に触れたんだろう?

前方に、芽衣の小さく見える背中を追いながら、閃はぼんやりとそんなことを思っていたのだった。



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