Act.06 人魚は人魚に戻るもの? |
しかし、閃にとって不幸中の幸いというか、芽衣はあまり俊足ではなかった。 「芽衣!」 あっという間に閃は芽衣に追いついていく。 「こないでよ!」 後ろを振り返りながら、芽衣が閃に向けて怒鳴った。 ぱたぱたと、懸命に駆けている芽衣の後ろ姿をやや速度を落として閃が、追いかける。 どうやら、芽衣は防波堤に向っているようだと閃はあたりをつけていた。 既に暗くなりつつある中。閃は芽衣を追いかけていく。 そして案の定、芽衣は防波堤の上にいた。 海に向って伸びるそこには大抵釣り人がいるのだが、今日は風が強く海が荒れている為か誰もいない。 芽衣は、防波堤の上からじっと下に広がる海を見ていた。 ―――まさか、飛び込むつもりじゃないだろう、な? 出合った当初のことを思い出し、閃が冷やりとする。 だが、芽衣に飛び込むつもりは無かったようだ。突然、閃の方を振り向く。 薄暗い中、芽衣の表情は上手く読み取れなった。 「―――やっぱり、皆のいうとおりだったわ。私、ここに―――閃の傍にくるべきじゃなかった。」 覇気の無い、芽衣の声。 ―――皆?―――ええっと?そもそも芽衣は―――オレのところに来るために、きたわけじゃないよ、な? 芽衣の話している内容が、いまいち掴めず、閃はとりあえずおとなしく聞き手に回ることにする。 「―――覚えて、無いのね。もう、いい、わ。――――もう、いいっ!」 芽衣の語気が荒くなった。海へ向って歩き出す、芽衣。 咄嗟に、閃は芽衣へと腕を伸ばしていた。しかし、芽衣が閃の手から逃れようと身を捩る。 バランスを崩し、二人は防波堤の外へと――――倒れこんでいった。 ―――落ちる? 相変わらずぼんやりと、閃が状況認識をする。 認識するのは遅かったが、閃の行動は早かった。 芽衣の体を、防波堤の上へと押し上げたのだ。 しかしその反動で、閃は勢いよく――――真冬の海へと投げ出されていた――――。 ざっぱーんっ。 大きな水音がしたと思った瞬間。閃の五感がすべて水で覆われる。 寒いというより、寧ろ痛いと感じる程の冷たさ。 その中を、閃はゆっくりと下降していた。 ―――しまった。オレ、泳げないんだった。そういえば。 ごぼごぼと空気を吐き出しながら、それでものんびりと思い至ったのは、生死に関わる重大な事実。 これは、本格的に生命の危機だな、と人事のように考えている閃。 この時点で慌てない当たり、流石に枯れた気力の持ち主である。 ―――芽衣、大丈夫だったか、な? 海に落ちる寸前に見えた、芽衣。 自分が原因なのだろうとは思っていても、抱きしめて慰めたくなるには十分な泣き顔をしていた。 ―――ああ。そうそう、あんな感じ。 沈んでいく閃が見上げいる水面あたりに芽衣の幻覚が、見える。 先程よりも幾分真剣な面持ちになってはいるが、確かにここしばらく毎日見ていた芽衣の姿。 が、しかし。閃は何故か不審に思った。 ―――あれ?―――なんか、近づいてないか?幻覚。 そう。芽衣の姿がぐんぐん閃へと向って近づいてきていた。 まあ、それもそのはず。幻覚なんかではないので当たり前である。 閃が落っこちた後、芽衣は躊躇せず、海に向けて見事な放物線を描いて飛び込んでいたのだ。 芽衣の細い両腕が、閃に向けて伸ばされる。 それに、閃の体が絡め取られた。 芽衣の顔が、すぐ傍に―――ある。 閃がぼんやりと考えいている間にも、芽衣は閃を引き上げようと必死に水面へ向けて泳ぎ始めていた。 しかし予想以上に重いのであろう閃に、芽衣がかなり苦戦している。 ゆっくりと上昇してはいたが、芽衣の表情が確実に苦しそうなそれに変わっていた。 ―――馬鹿だなー、芽衣。せっかく助けたのにここでお前まで溺れちゃ、意味ないよ。 閃が、ぼんやりと考えながら。薄く、笑う。 緩慢に持ち上げられた閃の腕が―――芽衣の体を、引き剥がしていた。 閃の行動に驚いたのか、芽衣が愕然としながら閃を見つめている。 たぶん、閃の行動の意味を悟ったのだろう芽衣が、再び下降を始めた閃に対して、ひどく悲しげな、諦めたような表情を見せた。 芽衣が小さく水の中で口を―――動かした。 閃は、別れの挨拶かな、等とのんびり考えていたのだが―――。 芽衣が何事かを呟いたその途端。 すんなりと伸びていた二本の足が薄く光だし。するすると銀色の光沢を持った鱗に覆われていく。 芽衣の足は溶け合い。そして、しなやかな魚のそれへと・・・・・変化して、いた。 |
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