03. 七夜、再び相談する


志筑に返事をした日の放課後。駅前のファーストフード店。
私はいつも通りに窓際の4人席を陣取り、由紀に相談を持ちかけていた。


「あのね、単刀直入に聞くけど。彼氏の家に泊まりにいくときに必要な準備ってなんだと思う?」

目の前に座る由紀に、私が力を込めて尋ねる。
すると、由紀が食べかけのアップルパイを持ったまま、固まった。
目を見開いて、じっと私を凝視してくる。

ま、間が重い・・・。

何も答えない由紀の沈黙に耐えかね、私がウーロン茶を一口飲む。
途端に、由紀がはっとしたように反応を返してきた。

「ええ?準備?そうねぇ。とりあえず、勝負パンツでも買っといたら?」

ぶっ、ごほごほ、ぐ、げほ・・・・く、くるし・・・・!!

「な、ななななっ!?」

何を、云うか!?

先程口に含んだウーロン茶を見事に吐き出した私に、テーブルに備え付けられたペーバーナプキンを手渡しながら、

「やぁね、冗談よ?」

にっこり、由紀が笑う。

「じょ、冗談ってぇ・・・」

思わず情けない顔になる。
微妙に冗談に聞こえないところが怖いんだってば。

「で?本当に志筑くんのところに泊まるの?」

「んん?・・・・うーん。多分。」

「多分?」

煮え切らない私の答えに、不審そうに由紀が返してくる。

「志筑の家に行きたいとは、いったんだけど。よくよく考えると、泊まるとはいってなかった。」

「はあ?」

呆れ顔で私をまじまじと眺めてくる由紀。

うう、確かに間抜けだけどね。でも、気づいてもいまさら確かめられないよ、そんなこと。
最初に志筑に誘われたときは、確かに泊まりだったんだけどさ。
でも、そのあと私が答えたのって、泊まりって意味にとってもらえたのかなぁ・・・。

「まぁ、いいわ。七夜が微妙に抜けているのは判りきってたことだし。七夜が家に行きたいっていった時点で、志筑くんはその気なんじゃないの?」

「そうなのかなぁ?」

前半の由紀の台詞はとりあえず無視する。でないと話が進まないし。
それにしても、志筑といい、由紀といい、何気に暴言を吐いてくる。
私、そんなに抜けてないもんさ。

「とりあえず、泊まるにしろ泊まらないにしろ、クリスマス・イブは家に来ておくことにしとけば?」

「あ、そっか。今年はいけないのかぁ・・・・ゴメン。」

由紀の言葉に、去年のクリスマスが思い出された。

毎年、クリスマス・イブには由紀の家で何人か友達を集めてクリスマス・パーティを開いている。
去年は、仲の良い友達数人に声をかけて企画したのだが、最終的には何故か二十人強が集まるという大騒動に発展し、一晩中大騒ぎになったが、とても楽しかった。
友達と一晩中騒げるめったに無い機会ではあるのだが、今年はどうやら参加できそうもない。


「仕方ないわ。でも、志筑くんが嫌になったらいつでも家に来ていいわよ?」

「・・・ふ、不吉なことを・・・。」

にこやかに微笑みつつ云われた由紀の言葉に、思わず私の顔が引き攣る。

「あら。まだ二十日間もあるんだし?何が起きるかわからないわよ?」

「・・・・ひょっとして、由紀ってばまだ志筑のこと・・・嫌い?」

「嫌い、というわけじゃなけど。でも、まだ信用できないのよねぇ。」

ふう、と溜息をつきながら由紀が朴杖をついた。

「そういえば、由紀、初めから志筑のことあんまり良く思ってなかった、よね?・・・あのランキング、のせいとか?」

とりあえず、私が思いつく理由を挙げてみる。
ランキング”抱かれたい男”のトップだった、志筑。
高校生がなんてランキングを作るかなって感じではあるけど、これはこの辺の高校で公然と出回っているらしい。

「ランキング、は別にいいんだけど。本人には関係ないことだし。」

あ、違うんだ。でも、確かに由紀って自分が気にいった人物なら噂とか他人の評価とか気にしない方か。

「んー、じゃ、どうして?」

由紀が、やや言いよどむ。
だが、一つ溜息を落とすと意を決したように口を開いた。

「あのね、七夜。志筑くん、結構有名なのよ。実は。七夜は興味の無いことって話を聞いても聞き流して覚えてないか、もしくはまったく聞いてないかのどっちかだから知らないんだけど。」

さすが、付き合いが長いだけあって。由紀はかなり私の性格を把握している。
私も自分でその自覚がある。確かに興味の無いことは、聞き流してるけど。

「志筑が有名なのは知っているよ?」

そう。さすがにそれくらいは知っている。
高校で同じクラスになってからは、いろいろと耳に入ってきてたし。
あ、でもこれって。私が、志筑に興味を持ってたってことなのかな。今更だけど。

「七夜が知っているのは今、高校に入ってからの志筑くんでしょ?私が言っているのは、その前、中学の時のことなの。」

困ったような由紀。私に話してもいいものかどうか、迷っているらしい。

「中学の時の、志筑?」

それは、まったく全然知らない。私が知っているのは、高校に入ってからの志筑。
無愛想で無口だけど、時々静かに私に笑いかけたり。私をかばってくれたり。
迫ってくるときは、すごく艶っぽく笑ったりする志筑。

中学の時は・・・・違ったの?どんな、男の子だったんだろう。


「・・・聞きたい?」

「う、ん。正直、よくわかんない。それは、志筑から聞くべきことのような気もするし。」

「そ、か・・・。」

私の言葉に、由紀がちょっと安心したように微笑んだ。

「じゃ、言わない。あのね、七夜。」

「んん?」

「私、七夜のそういうところ、大好きよ?」

にこっと、由紀が私に笑いかけた。

「な、なぁに、いきなりぃ。」

突然の由紀の言葉に動揺する。本当に、言動が唐突だなぁ、もう。

うふふ、と笑う由紀を困り顔で眺めながら、それでも私はちょっと嬉しかったり、した。

志筑の、過去。由紀がこんな風に意味深に言い出すからには、何かあるんだろうけど。
でも、あんまり気にしないことにする。だって、私は今の志筑が好きになったんだし。

うん、とりあえず私が考えなきゃいけないのは、目前に迫ったクリスマス・イブ。
――――志筑と過ごす、最初の夜、だ。



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