06. 最悪の、23日


奥丹先輩にキスされた翌日。昼休み。
私と志筑は、例の如く屋上で。晴れ渡った空の下。
二人でもくもくとお弁当を食べていた。

しかし、晴天の空とは打って変わり、私の心境はもやは曇天を通り越し大荒れ模様。
結局、私は昨日の出来事を志筑に告げることができないでいたのだ。


どうしよう。どうしよう。どうしよう。

頭の中をたった一つの言葉がぐるぐる巡る。一晩悩みぬいたが、結論はでなかった。

告げるべきか、告げぬべきか・・それが問題だ。て。名作をパロってる場合じゃなく!

ひとり、心の中でうんうんと呻き声を上げながら、私の横にいる志筑の横顔をそっと盗み見る。

相変わらず美味しいのかまずいのかわからない表情で箸を運んでいる志筑。

―――――志筑、ゴメン。

不可抗力とはいえ、志筑以外の人にキスされた事実に罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。
しかも、それを志筑に云えないでいる自分が酷く疎ましい。

明日は、祭日。でも、明日は用があって志筑と会うことは、できない。
だから、今日いえなきゃもうクリスマス・イブまでにいう機会がない。

そう。頭ではわかっているのだが、どうしても言葉がでてきてくれない。
云おうと口を開きかけるが、私の心が拒絶・・・する。

―――――いえない。志筑に・・・いえない。

「七夜?」

志筑の訝しげな、声。
志筑の横顔をじっと見つめていた私を不審に思ったらしい。

「あ。あ・・・え?」

「どうかしたか?」

「んん?ううん。な、何でも。」

「・・・・・。」

やや疑わしそうに私を見る、志筑。

し、心臓に悪い。

「やだな。ほんとに何でもないってば。」

努めて笑顔で答える。ほんとは何でもあるんだけど。
ああ、だんだん本当のことをいうタイミングを逃してる気が、する。

そんな私の態度に、志筑が小さく溜息を落とした。

うう。し、心臓・・・痛い。

「明日は?」

突然、志筑がぼそっと聞いてくる。
あ。追求を諦めてくれたんだ。ほっとしつつ私は志筑に答える。

「あ。ごめん。明日は用があるのでパス。」

だって。志筑へのプレゼント買いに行かないといけないんだもんさ。
いろいろ悩んでて、すっかり後回しになっちゃってたよ。

「・・・・あんまり気張る必要、ないぞ?」

志筑が静かに笑いながら、言う。

う。プレゼント買いにいくのばれてる。私ってそんなに感情垂れ流しなのかなぁ・・・。

「・・・・なんのことか、わかりません。」

ぷいっと横を向いた私に、志筑の腕が伸びてくる。

あ。キス、される。そう思った時には。私は、すっくと志筑の手を逃れ立ち上がって、いた。

「七夜?」

―――し、しまったぁ!!

しかし、とき既に遅く。不審そうに私を見上げてくる、志筑。
私は、引き攣った笑顔を浮かべながら。

「ごめん、志筑。今日、ちょっと用があって。これで、戻るね。あ、あと。放課後もちょっと用があるから、別々ってことで!じゃ!」

と、言い残すし。脱兎の如く駆け出していた。

うわわぁ。い、いえなかったぁ!ど、どうするんだ、私!?


クリスマスまで後・・・三日。
志筑と過ごす初めてのクリスマスを前に。
私は、志筑に秘密を持つ嵌めに陥っていた。



ピピピピピ、ピピピピ。

う、んん?うるさいなぁ・・・・何?
昨日、あんまり眠れなかったんだから、ゆっくり寝かせてよう。

パシン。もぐりこんでいた布団の中から手を伸ばし、ベッドサイドにおいていある目覚ましを探り当て、ようやく止める。

「・・・・・・。」

だんだん意識がはっきりしてきた。
今日は、祭日。でも。

「・・・・寝てるわけには、いかないんだった。」

ぼそっと呟き、のろのろと布団を被ったままベッドの上に起き上がる。
カーテンから差し込んだ光が、寝不足の私を直撃している。

天気、いいんだぁ・・・・。

昨日。私は志筑に告げることができず。放課後も何か言いたげな志筑を残し、そそくさと教室を逃げ出しまった。

志筑、変に思っただろうなぁ・・・・。

ぼんやりした頭で、昨日からの出来事を反芻する。
もう、溜息をつくしかない。完全に、志筑に告げるタイミングを逃した。
それが、私の出した結論。こうなったらもう、志筑に告げることはできない。”秘密”。その言葉が私の心に重く圧し掛かってくる。

ああ。もう!どうしてこんな面倒なことになったのかな!
それもこれも。奥丹先輩のせいよ!

―――て。奥丹先輩の本性を見抜けなった私にも、責任がある、か。


ずぶずぶと最果てなく沈みこんでいく気分のまま、私は志筑へのプレゼントを買うために、出かける支度を開始した。



駅前は、もうすっかりクリスマス一色だった。店先には、カラフルな赤と緑、白の組み合わせが踊っている。

周りは、楽しげに会話しながら歩いている家族連れや恋人たち。

こぉんな最悪な気分で彼氏へのプレゼントを選んでるのは、私くらいよね。ははは。
ちょっと自虐的な気分になりながら、ふらふらと街を彷徨った。

志筑、何が欲しいのかなぁ。

あちこちの店を覗きながら物色する。
が、これと思うものがなかなか見つからない。

志筑の趣味っていまいちよくわかんないんだよね。
あ。でも。会うときはだいたい黒い服、か。てことは、黒が好み?
アクセとかは・・・つけてないし。指輪もブレスもピアスも、なし。
ま、そういうのつけるキャラじゃ、ないか・・・・。

「うーん。」

何気なく入ったメンズショップの中で一人唸る、女子高生。
ちょっと不審人物っぽいなぁ、と自分でも思っていたら。
店員さんに声をかけられた。あ。やっぱり怪しかったですか・・・。

「何かお探しですか?」

茶色く染めた髪。しゃらしゃらとアクセサリーをつけた、多分20代前半か後半に入ったくらいの背の高いなかなかカッコいい兄さんに、にっこりと営業スマイルで尋ねられる。

「はあ。・・・・多分、黒い・・・・服?」

自分でも買うものが決まっていないので、自然曖昧な答えになる。

「・・・・多分ですか?」

営業スマイルはそのまま、ちょっと困ったように店員さんが返してくる。
うう。すみません。変な客で。
心の中で謝りつつもこくこく頷く。

そんな私の様子にちょっと首をかしげて、「彼にプレゼントですか?」と店員さん。これにもこくこく頷く私。

「そうですかー。うーん。じゃ、これとか、どうですか?」

すっとその手に何枚かの服をとると、私に広げて見せてくる。
んんー。ちょっと違うかなぁ。

「うーん。」

再び唸りだした私に、何故か店員さんが・・・・噴出した。

「は?」

私はわけが判らず、思いっきり店員さんを不審そうに見てしまう。
すると、店員さんが片手を上げて「すみません」と謝ってきた。

いや。ていうか、まだ笑ってらっしゃるし・・・・。

しかし、その後。 やっと笑いの収まった店員さんが
「いやー、なんていうか。初めての彼氏さんでしょう?」
なんてことを聞いてきた。

「え!?な、なんでですか?」
いや、当たっているけど。なんでわかったんでしょうか??

「ものすごく真剣な顔でさっきから選んでたので。初々しくていいですねー。私も彼にぴったりあうものを探すのお手伝いさせていただきますよ♪」

う、初々しい・・・って。それはちょっと微妙なニュアンスじゃないですか?
うう。私、そんなに子供な感じですか?

とは思いつつも。
店員さんのさっきとは違う営業スマイルじゃない笑顔に、なんとなく無下に断ることもできず。結局私は手伝ってもらうことにしたのだった。



「つ・・・・・疲れた・・・・・。」

椅子に座った途端。一気に虚脱感が襲ってくる。
16:00近い街中の喫茶店。
そう広くはない店内にお客の姿は私以外に二、三人しかいない。
私は一人窓際のテーブル席に座りこんでいた。

椅子の足元には、店名が小さく入った白い紙袋。
その中には、きれいに包装されたシャツの入った箱が納まっている。

―――いつも黒い服なら、逆に黒じゃないほうがいいんじゃないですか?

そう、店員さんにいわれ。
私が選んだのは深いワインレッドのカッターシャツ。
あれから、小一時間に渡り、店員さんも巻き込んで悩んだ末に決定したものだ。

プレゼント選びがこんなに大変だったのはうまれて初めてだわ。

紙袋を眺めながら思わず苦笑する。
その時。膝に置いた鞄の中から僅かに振動が伝わってきた。

んん?あ、携帯?

あわてて鞄を開け、がさごそと中を探す。
普段はほとんど使っていないのだが、高校に入ったときに親から連絡用にともたされているそれが、鞄の中でぶるぶると震えていた。

だれだろ?由紀?

親に使用料を払ってもらっているので、私の番号を知っているのは本当にごくごく限られた友人だけだ。

え?

しかし、着信している名前をみて思わず私は、固まった。
それは由紀ではなく。
ディスプレイに表示されているのは”志筑 連”の文字。

―――志筑??

そういえば。志筑にも番号、教えてた。
でも、いままでかけてきたこと、なかったのに?
大抵、学校であえるし。この頃は休日も志筑といることが多くて、特に電話してくる必要がなかったっていうのもあるだろうけど。

「はい?」

店内なので、極力小声で答える。いや、ほんとは外にでないといけないんだけど。荷物あるし。注文した後だし。

『七夜?』

耳に当てた電話からノイズの混じる志筑の低い声が流れてきた。

「ん。どうしたの、志筑?」

『ちょっと話があるんだが。いま、どこだ?』

「駅前の喫茶店。」

『そうか。じゃ、校門前で30分後に会えるか?』

「え、うん。大丈夫だけど。今、電話じゃ話せない、こと?」

『ああ。―――とにかく来てくれ。』

そう、短く言い残すと。ぷつん、と電話が切れた。
私は切れた電話を眺めながら、呆然とする。

・・・・なんだろ?

何故だが判らないが、ひどく嫌な予感が、した。



志筑から電話があってから三十分後。私は休日の学校に到着していた。
夕暮れの中、校門にもたれかかるようにして、志筑が佇んでいるのが見える。
私は、そちらに近づいていきながら志筑に声をかけた。

「志筑。」

顔を上げた志筑と目が合った。

―――志筑、なんだか。怒って、る?

私の背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
志筑の目の前で足を止めた私を、志筑が仏頂面で見下ろしてきた。

「今日、奥丹に・・・会った。・・・・本当、なのか?」

ぽつりと落とされた志筑の、言葉。
どくん。心臓が、激しく脈打った。

―――ま、さか?ばれ、た?

体が、震えた。一言も言葉を発することができない。

「どうして、いわなかったんだ。」

静かに志筑が問いかけてくる。
でも、その声に潜むのは紛れもない怒気。

「・・・ご、めん。」

それきり、言葉が出てこなかった。
確かに、私は、志筑に黙ってたから。今更、言い訳なんて出来るはずもない。

「弁解も、無しか?」

志筑が吐き捨てる。びくりと、私の体がふるえ、た。
私は、ただひたすら俯く。志筑の顔を見ることが、できない。

どくどくと激しく脈打つ鼓動に、眩暈がしてくる。

「・・・・もう、いい。今日は、帰れ。」

いままで聞いたこともないような、冷たい声音で志筑が言い捨てる。
そして、そのまま踵を返して歩き出す、気配。

待って。お願い、志筑。

「し・・・づきっ」

私は、背を向けて歩き出している志筑に顔を上げて呼びかける。

だが。志筑は振り返ってはくれなかった。
視界がぼやける。
志筑の姿が遠ざかっていく。

私は一人。ぱたぱたと流れ落ちる涙を拭うこともなく。
ただただその場に立ち尽くしていた―――。



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