07. 由紀の助言。七夜、走る。


翌日。24日。

私は、昨日一晩鬱々と悩みぬき。
ほとんど眠れない状態で。
それでも、ふらふらと学校へやってきていた。

志筑に、ちゃんと話そう。そう、決意して。だが。

――――志筑は・・・来なかった。

まったく身の入らない午前中の授業が終わっても。とうとう志筑が教室にやってくることは、なかった。
今日は、午前中授業。
志筑は来ないつもり、なんだ・・・・。

ホームルームが終わり、他のクラスメートは足早に帰っていく。
何人かの友達に声を掛けられた。
だが、私は生返事を返してそのままひとり席についていた。
きれいに消された黒板をぼんやりと眺める。

そして。しばらくそうしていると。
教室内に残っているのはとうとう私だけになってしまった。

・・・・もう、私。嫌われた、かな。志筑、呆れたよね。黙ってた、だなんて。志筑に、隠してた、なんて。最低、だ。


「七夜。」

鬱々と考え込んでいた私に、声がかけられる。
いつの間にやってきたのか、クリスマス・パーティの準備で走り回っていたはずの由紀が、横に立っていた。
のろのろと顔を上げた私を見て、由紀が驚いた顔をする。

「七夜・・・・。このところ様子がおかしいとは思ってたけど。やっぱり志筑くんと何かあったのね?」

軽く溜息をつきながら、由紀が言った。

「・・・・どうして?」

「ほら。涙、ふいて。私に、話したいことがあるんじゃないの?」

そういって、由紀がハンカチを差し出してくる。

涙?え・・・・・。私・・・泣いてる?

無意識のうちにふれた頬は、確かに濡れていた。
あらら。私、いつの間に・・・・。もう、限界・・・・だよ。

「・・・・ゆ、由紀・・・・。」

私は、がたりと席を立ち。由紀に抱きつきながら。

―――――いままでのいきさつをすべて、話していた。



ぐずぐずと泣きながらだったので、私の話はかなり聞き辛かったと、思う。
だが、由紀は正確に私の話した内容を把握してくれた。
そして、すべてを聞き終わると、納得がいったというように一つ頷いた。

「ははあ。そういうことだったの。まったく奥丹先輩に気に入られるとはね。」

「?」

え、由紀。その言い方って、奥丹先輩のこと知ってるの?

漸く涙も止まり、不思議そうに由紀を見る私の視線に気づいたのか、由紀がちょっと困ったように続けた。

「あの人は、一癖も二癖もあるってこと。・・・考えようによっては志筑クンより始末が悪いわね。」

「し、志筑よりもって・・・。」

「とにかく。志筑くんは、やっぱり七夜に本気なのね。」

は、話の流れが見えない。
突然云われた由紀の言葉に戸惑う。
だって。私、昨日志筑をめちゃめちゃ怒らせちゃったんだよ?
それでどうしてそういう話の展開に?

「どうして?」

とりあえず、素直に尋ねてみることにする。
すると、由紀がちょっと不機嫌そうに口を開いた。

「もう。こうなったら私から云っちゃうわ。いままで聞いた話じゃね、志筑クンは中学時代来るもの拒まず去るもの追わず、だったの。」

「・・・・そ、そうなん、だ。」

確かに、志筑もてそうだもんな。
不機嫌オーラが出てなきゃ、かっこいいし。
だから、どうして私なんかを選んだのかが、謎なんだけど。

「そう。自分から告白したこともなければ、彼女が違う男と付き合いだしたりしても問い詰めたりしないし。要するに誰も本気で好きになってなかったのよ。でも。七夜には違う。そうでしょう?」

やさしく由紀が私に問いかけてくる。

そう、なのかな?そう、なのかもしれない。
確かに志筑は、私のことをスキだっていってくれた。

なのに。私が・・・・志筑のことを。志筑の気持ちを。
信じてなかったんだ―――――――。
だから、志筑にいえなかった。いったら志筑に嫌われると、思った。
私、馬鹿かもしれない。だって。いつでも志筑は態度で示してくれてたのに。無口だけど。でも。志筑が私を抱きしめてくれる腕は、やさしかった。

止まっていた涙が、また流れた。

「七夜・・・・。」

由紀の気遣わしげな声。

でも。いまさら気づいても。もう、遅い、かも。
志筑に、呆れられちゃったかも。嫌われた、かも。
先輩にキスされた翌日に、いろいろ考えないで、正直に云ってれば、良かったんだ。

だけど、どうがんばってもいまさら時間を戻すことなんて、できない。
そうだよ、だから。ちゃんと謝って。理由をいって。
それで、志筑が別れたいっていうなら・・・・・・

「由紀、私が玉砕したら・・・・慰めてくれる?」

泣きながら、それでもがんばって私は笑顔を作る。
由紀が、笑った。

「慰め倒してあげるわ。」

な、慰め倒すって・・・・。
思わず由紀の言葉に噴出す。

そんな私に、由紀が何かを差し出してきた。

んん?何これ?
差し出されたそれを受け取れば。
メモ用紙?・・・・何か、書いてある?

「志筑クン家の住所。」

え、ええ!どうして、こんなもの用意してるの??

「ま。七夜のことは、お見通しってことね。」

呆然とする私に、由紀が悪戯っぽく笑いながら、いった。

はは。そうですか。私の行動、ばればれですか。

でも。由紀がいてくれて良かった。聞いてもらったら、がんばろうって気がしてきたから。

「じゃ、私。志筑に謝って・・・・・ううん、謝り倒してくる!」

私はすっくと立ち上がると、由紀がくれたメモと鞄を掴み上げ駆け出していた。



静まり返った校舎。
私は、教室から駆け出した後、一目散に人気の無い昇降口へと向った。そして今現在。焦っている為かなかなか履けない靴と、格闘していた。

ええい。もう、いいや別にちゃんとはけてなくても。
少しでも早く志筑の元へいきたい。

中途半端に履いた靴のまま走り出そうとする私。
その背後から、声が掛かった。

おだやかな、声音。でも、今はもっとも聞きたくなかった声だ。

「やあ。黒河さん。」

で、出たわね!諸悪の根源!

振り向いた先には、にこやかに微笑む奥丹先輩。
もう、その笑顔には騙されないんだから。

「どう?志筑君とは?」

「どうも、しません。」

「そう?大分、こじれたかなぁと思ったんだけど。」

そう、仕向けたくせに。あー、もう。白々しい!
まあ。だけど。奥丹先輩が諸悪の根源だけど。

「・・・・今回のことは、私にも、非があります。」

そう。志筑を信じ切れなかったのは私。

「うん?」

私の云わんとしている意図が判らないのだろう。
不思議そうにしながらもにこやかに微笑む、先輩。

すぱん!!

私は、有無を言わさず。その頬を引っ叩いていた。

「!?」

流石に驚いたのか、先輩が目を見開いて私を見つめてきた。

「だから、今回はこれでチャラにしときます。」

そう。これでチャラにして。金輪際この人とは関わらないんだから!

だが、そんな私の思いとはよそに、奥丹先輩が楽しそうに笑った。

「・・・・あはは。やっぱり黒河さん、いいなぁ。志筑くんはやめて、僕にしときなよ。」

「お断りします。私、やっぱり志筑が、好きなんです。」

思いっきり嫌そうに云ってやる。
だが、笑いを収めた奥丹先輩が不敵に、告げてきた。

「ふぅん。でも、僕、諦めないよ?」

ああ、もう!諦めてよ!・・・・でも。いまここで言い合いして、時間を潰したくない!!

トンと地に足をつくと、するりと私の足が靴の中に納まった。
やった。靴、履けた。

私は、奥丹先輩に背を向ける。

「諦めてください。無駄ですから。じゃ、失礼します。」

そう、言い残し。
今度こそ志筑に会うために、私は再び駆け出していた。

今、すごく。志筑の顔が・・・見たいよ。



「・・・て。志筑、でてこないし・・・。」

住宅街。一戸建ての庭付き住宅。
つまり、志筑の家の、前。
意気込んできた私の前で無情に閉じられたままの、扉。
先程インターフォンを押したが、さっぱり反応がない。

ひょっとして、いないの?

その可能性はある。
まったく考えなしに訪ねてきちゃったし。
志筑がいるかどうかも確かめてなかった。

でも。でも!いったいどこいっちゃったのよ!もう、こんなときに!
八つ当たりだってわかってるけど。
文句の一つもいいたくなる。

「・・・・・志筑の、あほんだら!」

がちゃん。

わたしが扉に向っていったのと、不機嫌そうな志筑が顔を覗かせたのは、ほぼ同時だった。

―――――し、志筑。なんてタイミングで出てくるかな。


「お前な。いきなりいると思ったら開口一番、それか?」

志筑が嫌そうに顔をしかめた。

ち、違うわよ。志筑の出てくるタイミングが悪すぎなのよ。
私、謝りにきたのに!

おろおろとする私を尻目に志筑が再び口を開いた。

「で?」

で?ああ、そうそう。とりあえず。

「あ。えっと。・・・・志筑、ゴメン!」

ぺこっと頭をさげて、謝る。

・・・・・ええっと。む、無反応、ですか。それはちょっときついなぁ。
この寒空の中。私くらいよね。こんなにだらだらと冷や汗をかいてるの。

志筑、何にも言ってくれないし。ここは、やっぱりもう一回謝って・・・

「――――何の、ゴメン、だ?」

おお!反応あり?
私は下げていた頭を上げて、志筑を見た。

が。・・・な、なんか。さっきより機嫌が悪化してない?

志筑全体がものすごい不機嫌オーラを発散している。

こ、怖いんですが・・・。

ちょっと引き気味になった私に志筑の手が伸びてきた。
右腕を志筑の手に掴まれる。

「それは、オレと別れたいってことか?」

は??

思ってもいなかったことを云われ、私の思考が一瞬停止する。

志筑、何いってるの?志筑と別れる?それは、私がってことだよね?

ぐるぐるぐる・・・いろいろと考え始めてしまい、私は目をぱちぱちさせたまま固まってしまう。

すると、問いに答えようとしない私に業を煮やしたのか志筑が掴んでいた私の腕を引き寄せた。

そのまま、開いていた扉の内側に連れ込まれてしまう。

「え、え?何?」

再び、わけが判らず。志筑のなすがままに引っ張り込まれる私。

背後でばたんと扉が閉じられると、志筑はその扉に私を押し付けていきなり深く唇を重ねて、きた。

「ちょっ!し・・・ん、ん・・・」

う、うわ。な、なにするの。わ、私は謝りにきたんだってば。
それに、謝った意味も説明しないと、志筑おもいっきり誤解してるでしょぉ!な、なんでそんなとんでもない誤解するのよぉ!

が、そんな私の心境をよそに。
志筑の舌が私の歯列をなぞり、上顎を探ってくる。

志筑に慣らされた、甘い、痺れるような感覚。
私を支えている志筑の腕に私の全体重がかかっていく。

・・・まず、い。力・・・抜けてくる。
あああ、だめ!ここでながされちゃ!!

「し、づき!まって。話が、あるんだってば!」

「聞きたくない。」

「き、聞いてよ!あのね、私は、全然志筑と別れたくないの!志筑が、好きなんだってば!」

「・・・・。」

「ほ、ホントだからね!志筑が好き。志筑以外は、やなの!」

ちょ、なんでそんなに疑わしそうなのよ!それはあんまりなんじゃないの?
・・・わたし、そんなに志筑からの信用なくしちゃったのかなぁ。ううう。

「じゃ、なんで否定しなかった?」

むっつりと不機嫌そうな顔のまま志筑が問いかけてくる。

え?否定?だって、キスされたのは、ほんとだし・・・・。
それは私に嘘をつけと?

んん?ていうか。なんだか、話が噛み合ってなくない、か?

「―――志筑、奥丹先輩になんて、いわれたの?」

瞬間。志筑が奥丹先輩の名前に反応して、心底嫌そうな顔を、した。
・・・・うわ。ほんとに、嫌いなんだ・・・・。

「・・・・・・・付き合ってもいい・・・・・」

「は?」

ぼそりと云われた志筑の言葉の意味を掴みかね、素っ頓狂な返事を返してしまう。

だって。”付き合ってもいい”って?
志筑、奥丹先輩に告白でもしたの?て。それはありえないでしょう。

「だから、付き合ってもいいって返事を返したんだろうが。」

再び繰り返す志筑。何がなんだかわからなくなる。

「え、誰が?志筑が?」

「・・・・なんでオレだ。お前がに決まっているだろうが。」

ぼそりと、志筑のいった言葉に。私の思考が僅かに停止した。

はい?私が?奥丹先輩と付き合っても、いい?は?

「な、なにそれ――――――――――っ!」

あ、あの狸、狸、狸――――――――っ!!
犬じゃない、絶対あの人は犬系じゃない!狸よ、狸!!


絶叫した私の剣幕に志筑が僅かに目を見張った。
私はそんな志筑の顔を両手でがしっと掴み、思いっきり私の方に引き寄せる。

「嘘、だからね!確かに告白されたけど、でも付き合うなんて絶対いってない!」

「じゃ、なんであの時、否定しないで謝ったんだ?」

う゛。あ、あの時って。校門のところでだよね。
キスされたことが志筑にばれてなかったとは全然、思ってなかった。

ええい。もうここまできたら全部正直に、言おう。
もともと、そのつもりだったんだし。

「あのね・・・・」

こうして私は、”秘密”をなくすべく。志筑にすべてを正直に、話したのだった――。



Back ‖ Next

ハロウィン・パーティ INDEX


TOP ‖ NOVEL


Copyright (C) 2003-2006 kuno_san2000 All rights reserved.