08. 志筑の告白


志筑の家。玄関先。そこで私は、志筑の腕に中に、いた。

私が事の次第をすべて話し終えると、志筑は呆れたように溜息をつき。
そして、「だから隙だらけだっていってるんだ。」と至極不機嫌そうに呟きつつも、私を腕の中に抱き込んでしまったのだ。

「ゴメン、ね。志筑・・・・。」

志筑の肩に頭を預けて、私がそっと謝る。

「まったくだ。」

声に不機嫌オーラを滲ませて、志筑が答えた。
私の髪を指で梳きながら更に付け加える。

「奥丹の奴、後で覚えてろよ・・・。」

あ。やっぱり、怒ってるんだ。当たり前か。見事に騙されたんだもんなぁ。
でも。志筑の仕返しは、ちょっと・・・・暴力沙汰になりそうな気がするんだけど。
て。・・・・・それは、私もか。思いっきりひっぱたいてきちゃったし。
そういえば。それでチャラっていってきちゃったしなあ。

「んー、あのね、志筑。とりあえず、ひっぱたいてきたから。それでチャラってことで・・・・ダメかな?」

ん?無言?

私の言葉に、髪を梳いていた志筑の手が、止まった。

「・・・・誰が?」

ややして、私の頭上から、感情のこもってない志筑の声が落ちてくる。

え、誰がって・・・そりゃ。

「私が。」

「奥丹を?」

「そう。」

「・・・・・・・・・。」

んん?ちょっとなんでそこで黙っちゃうの?
しかもちょっと、志筑の身体。震えてるんだけど?

不審に思い。私が顔を上げると。

志筑・・・・なんで笑ってるかな。

そりゃあもう。今迄見たこともないほど。志筑がおかしそうに喉を鳴らして、笑ってた。

「志筑。」

むっとしつつ志筑の顔を睨みつける私。だか、志筑はまったく意に介せず相変わらず笑い続けている。

「―――いや・・・・・やっぱり、七夜じゃないと、ダメだな。」

笑いを含んだ、でもさっきまでと違う志筑の甘い声音。

・・・・何が?私じゃないと、ダメって?

むっとした顔のまま、志筑の次の言葉をしばらく待ってみる。
すると、ようやく笑いの収まった志筑が、そっと私の頬に触れてきた。

そして。あ、と思ったときには、志筑の唇が・・・・重なってきていた。

さっきの荒々しいキスとは違う、やさしい私の気持ちを確かめるような、キス。私は、ためらいつつも、志筑に応えていた。


志筑の唇が名残惜しそうに私から離れていく。

「じゃあ。これで・・・・チャラにしとく。」

力の入らなくなった私を見下ろしながら、志筑が艶っぽく・・・微笑んだ。

ううう。やっぱり余裕ありげだ。
私が、こんなにへろへろなのに・・・・なんか、癪に障る。
いつか絶対、志筑のことをへろへろにしてやるんだから。

志筑のキスに酔わされて。志筑に抱えられながら。
私はやっぱりなんだか不満だった。

それに。やっぱり、気になることが・・・・あるんだけどな。
聞くの、しつこいかな。ああ、でも気になる。
ええい、かわされてもいいや。やっぱり聞いてみよう。

志筑の胸に凭れかかりながら、私は散々繰り返した質問を再びするため、躊躇いがちに口を開いた。

「・・・・志筑。あのね。しつこいかも、なんだけど・・・・」

しかし、最後まで云わないうちに、志筑の手がそっと私の唇に触れ、言葉を封じた。私の質問を察したらしい志筑が苦笑する気配。

あ。やっぱりしつこかった?
まあ。志筑を信じるって決めたし。
もう、本当は聞かなくてもいいかなって思い始めてるし。

内心、諦めの溜息をつきながら私は口を噤んだ。

だが、ややして。軽く息をついた後、志筑が思ってもいない一言を告げてきた。

「―――入試の日、遅刻しただろ。」

は?

驚いて見上げると、志筑がやさしく笑っている。

え?・・・・えっと?
それは、やっぱり。私のこと、だよね??
確かに、遅刻したし。

「あ。うん、遅刻した。・・・・あ、でも、寝坊したとかじゃ、ないのよ?」

慌てて私は付け加える。
んん?でも、なんで志筑知ってるんだろう?私が遅刻したこと。

「ああ。見てたからな。」

「見てた?・・・え、見てたって?・・・ええっと、つまり遅刻した原因を?」

「そう。馬鹿な女だなと思って、見てた。」

「!?」

志筑のあまりに平然としたいいように、思わず絶句する。

「真冬の河にざばざば入っていくのは、馬鹿だろう?」

眇めた目。志筑が、面白そうに、私の反応を見ている。

「だっ!・・・・だって。猫、流されてたんだもん。」

反論する、私。

そう。入試試験のあったあの日。
多少余裕をもって家を出た私の目に、冬の河を小さな段ボールの箱に収まった子猫が一匹、どんぶらこっこと流れていっていたのだ。

考えるより先に、体が動いた。川岸に下りて。靴を脱ぎ捨てると私は真冬の河に足を突っ込んでいた。

幸いにして、浅瀬で子猫の箱を捕まえることができ。
制服は濡れずに済んだのだが、子猫はしっかり濡れていた。
小さな身体を震わせる小さな命をほっとくこともできず。私は一旦家に戻ったのだ。

その結果。遅刻、した。
自分でもよく受かったものだと思う。

「普通は、躊躇するだろ。しかも、自分の入試日だったわけだしな。」

「・・・・そんなこと考えてたら、猫、流されちゃったよ。」

志筑ばりの無愛想さで私が呟く。
それを聞き逃さなかった志筑が、苦笑する。

「そうだな。でも、普通の人間は考える。」

む。失礼な!それって私が普通じゃないってこと?
ますます無愛想になる私。

「・・・・だから。試験会場に七夜が来たときは、驚いた。受験者だとは、思ってなかったんだ。」

「ふん、だ。すみませんね。入試日に河に突っ込むような馬鹿女で。」

ふいっと顔を背けると、志筑の手が頬にかかった。
やさしく、撫でられる。

「入学式に、七夜がいたときは正直信じられなかった。」

・・・・・それは、自分でも信じられなかったよ。
一教科まるまる受けられなかったんだもん。
私、本当に入学できたのか実感なかったし。

「それに、まさか同じクラスになるとはな・・・。」

喉の奥で、小さく志筑が笑った。
私は、志筑の方に再び顔を向ける。

志筑が、どんな表情をしているのか・・・見たかったから。
どくん、と鼓動がした。

やさしく、志筑に見つめられている。
私の頬を撫でる手はそのままに志筑が再び口を開く。

「七夜に、興味を持った。自然に、七夜に目が向いていた。七夜を見ていると・・・・・感情が、動いた。」

感情が、動く?
意味がわからず私がちょっと首を傾げる。
それに気づいた志筑が、自分の言葉を補足してくれた。

「オレは、人より感情の起伏が少ない。大抵のことは、オレにとってどうでもいいことなんだ。・・・感動するとか、喜ぶとか・・・・そういう人並みな感情が、ほとんど欠けている。」

びっくり、した。

だって。志筑、確かにすごく良くわかるってわけじゃないけど。
私の前じゃ笑うし、怒るし、不機嫌になるし。

「七夜が、絡んだときだけだ。自分が、押さえられなくなる。いままでこんなことは、なかった。七夜を見ていると、笑ったり・・・いらいらしたり、する。」

い、いらいら!?私、そんなに癇に障る行動している?
ちょっと、悲しい・・・・うう。

その思いが表情にでてたのか、志筑が笑った。

「いらいらに関しては、正確には、七夜に近寄ってくる男を見ると、だな。」

―――そ、それって。

志筑の言葉に、私の頬が熱くなる。

「だから、ハロウィンの実行委員なんて面倒なものにもなったんだ。」

「え?・・・・・え?・・・・だって、志筑。断る口実って・・・・嘘?」

「半分は、本当。でも、半分は、嘘。」

・・・・そうか。よく考えれば。志筑の性格からして、口実なんて考えなくても・・・一言、「面倒だ」っていって断りそうだもんね・・・・。
私も、あの時は志筑のことわかってなかったな・・・・はあ。

「実行委員は、男女、だろ?」

それは。つまり私を他の人と組ませたくなかったと解釈しても、いいんだよね・・・。

「ええっと。じゃあ、奥丹先輩が、私を好きな理由も?」

奥丹先輩の名に、志筑の眉が僅かに上がった。

「あいつ、いつも笑ってるが、本質はオレと同じだ。だから、七夜を欲しがる。」

わ、私、そんなたいそうな女子高生では、ないと思うんですが。
志筑の言葉が信じられないわけじゃないけど。
でも。いまいち、実感がない。

「―――七夜。初めは、お前に興味があった。だが、見ているうちに、欲しくなった―――、独占したくなったんだ。この手に抱きとめておきたい、そう思った。」

志筑の言葉に、頬が熱くなる。

「・・・・これが、七夜の欲しがっていた答えだ。」

すべてを、云い終えると。
志筑が、大きく一つ、溜息をついた。

じっと志筑の言葉に聞き入っていた私も、ふぅっと体の力が抜ける。

初めて聞けた志筑の思いが、嬉しかった。
いや、まあ。馬鹿な女とか・・・・言われたけど。
でも。いま、私を欲しがっていてくれているのは本当だ。

私はそのまましばらく志筑の顔を見つめていた。
志筑の言葉が、くるくると頭の中を回っている。

すると、志筑が僅かに低めた声で、ぼそりと云った。

「七夜。今日は、もう帰れ。」

え、え?なんで?今日、クリスマス・イブ・・・・なのに?
志筑の思いがけない告白がきけて。
でも。その後に、それはあんまりなんじゃない?

「志筑・・・・冷たい。もしかして、奥丹先輩とのキス、やっぱり怒ってる?」

志筑の腕を掴んで、顔を覗き込もうと、背伸びをする。
しかし、私が顔を近づけると、志筑がふいっと横を向いてしまった。
―――ズキン、と。心臓が痛む。

どうして?だって。許してくれたんだよ、ね。
思わず、泣きそうに、なった。

その私の様子に気づいたらしい志筑が、苦笑する。

「いや、そうじゃなく。・・・これ以上一緒にいると襲いそうだ。」

「!?」

そ。そういう、理由・・・・ですか。

思わず背伸びしていた足を元に戻していた。

「わかったろ。今日は帰れ。」

志筑の言葉に、私は掴んでいた志筑の腕を離す。

「・・・・う、ん。」

曖昧に、返事を返していた。

まだ、帰りたくない。志筑と、一緒にいたい。
志筑の腕に抱きしめて欲しい。志筑の、キスが・・・欲しい。

初めて感じる欲求。自分から、志筑のキスを欲しがるなんて。
自分の考えに、羞恥心が湧いた。

でも、志筑といたい。だから・・・・・・・。

「あの、ね。し、志筑にな・・・ら、襲われても・・・・い、よ?」

私は、意を決して志筑に告げて、いた。

志筑の顔が、見られない。

俯いたままの私に、志筑のやや堅い声が問いかけてくる。

「・・・それ、どういうことかちゃんとわかってるか?」

「・・・たぶん。」

答える私の顎に、志筑の手が掛けられた。
俯いていた顔を上に向かされる。

「後悔、しないか?」

確認するように志筑が、静かに聞いて来た。

「うん。しない。」

そして私は。志筑の部屋に、通された。



う、わ。ものすごく、シンプルだ・・・。物が、ない。
黒と青で統一された部屋の中にあるのは、本棚とベッドに机。
後は、ミニコンポくらい。

きょろきょろと辺りを見回していた私の肩を、志筑が掴んだ。
そのまま志筑の方を向かされ、抱きしめられる。

志筑が唇を重ねてくる。

「ん、し、づき・・・・」

志筑の舌が私の舌を絡めとる。
手が腰に廻され、そのまま背後にあったベッドの上に座らされた。

「七夜。本当に、いいのか?」

目の前にいる志筑が、最終確認だというように聞いてくる。

「ん。」

小さく告げ、こっくりと頷く。

「・・・・。」

無言のままの志筑の手が私に伸ばされた。

・・・・・私の心臓・・・・持つかな。
なんだか。動悸が、すごいんですが。

志筑の肩に頭を預け。私は激しい動悸と戦っていた。



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