ACT.04 彼の職業


どうしよう・・・。

先程コンビニで買ってきたばかりのおろしポン酢のたれが入ったビニール袋を握り締め、ささめは途方にくれていた。

おりしもささめがいるのは、繁華街である。
まだ宵の口とはいえ、かなり人出のあるその中に紛れながら、ささめは事後策を必死に考えているところだった。

・・・やっぱり自意識、過剰なのかもしれない。
義兄が自分に対して何か含むところがるということは、ないのだろ。ごくごく普通の女子高生である自分に、あの義兄が興味をもつはずが、ない・・・多分。

と、ささめは思っている。

しかし、何と言うか。ナチュラルに、自然に。
その言動のすべてにフェロモンいっぱいなのが、鷹野 昴なんである。

・・・このままじゃ、私の心臓が持たない。

ほたほたと歩きつつ、人ごみをすり抜けながらささめは溜息を落とした。

―――本当に、どうしよう。

三つ編みを揺らしつつ、ちょっと肩を落とし、おまけにおろしポン酢のたれの入ったビニール袋を片手に繁華街を練り歩く女子高生。

見るべき人から見れば、かなり目を引くその姿。
だから、ささめが声を掛けられたのは、なるべくしてなった結果、といるのかもしれない。

「おい。ちょっと待て。」

低い声と共に、不意に肩を掴れた。

ささめがはっとして背後を振り向く。

「・・・・・・あっ!?」

思わず、小さく声が漏れた。

びっくりして振り向いたささめの視線の先にいたのは―――――・・・長身の男。
そして、見覚えのある顔。

そう、それは一週間前にささめに声を掛けてきたあの男だった。

「ええっと・・・。」

名前が、思い出せない。
無意味に腕を振りながら、ささめが必死に名前を思い出そうとする。

なんだったけ?この人??ええっと確か・・・ささめの頭の中にさまざまな名前が明滅する。

「―――・・・常盤。」

考え込むささめの様子に気づいたらしい男が、呆れたように自ら名乗った。


「おい、成充。どうした?」

どうやら常盤の連れらしい男が、傍にやってきていた。
ちゃらちゃらとした二十代前半程度の、グレーのスーツを着込んだ男。
悪戯っぽい表情を浮かべたその様子は、男の雰囲気を若々しくしている。

「ああ、悪いな。先行っててくれ。後でいくから。」

「そりゃ、構わないけどよ。・・・なに、お前こっちの趣味か?」

にやりと連れの男がささめを見ながらのたまった。
常盤が不敵に笑いながら「そうかもな。」と言い放ち、連れの男を追い払う。

・・・こっちの趣味ってなんだろう?

ささめは頭の中にクエスチョンマークを浮かべながら、所在無げに立ち尽くす。
立ち去るタイミングを完全に逃していた。

常盤がささめの方へ顔を向ける。
はじめてあった時と同じような仕立ての良いスーツに、やや着崩したシャツ。

宵闇の中。ネオンの光で見るその姿はとても怪しかった。

不意にささめは、男の職業に思い至る。

―――ひょっとして、この人・・・ホスト、さん?

いつのまにかささめが歩いていた路地は、いわゆる夜の店ばかり集まっている場所となっていたのだ。

多分当たってるだろうと思いつつ、ささめは目の前の男の姿を眺めた。

ささめのみている前で常盤がスーツの内ポケットから煙草の箱を取り出す。
トン、と軽く箱をたたき、その中から一本を抜き取り口に咥えた。

優雅な仕草で再び内ポケットに煙草の箱を戻すと、入れ替わりにアルミ製の長方形をしたライターを手に持ち、かちりと火をつける。

その挙動のすべてをつぶさを見つめながら、ささめは予想が確信にかわっていくのを感じていた。

ふっと一息煙を吐き出した常盤の意味ありげな視線。
それを受けながら、ささめは手に持ったおろしポン酢のたれ入りビニール袋をきつく握り締める。


「何?こんな時間にこんなとこふらふらして。・・・帰りたくないの?」

「え?」

ぎくり、とした。見透かされたことによりひどくばつが悪くなり、ささめはふいっと横を向く。

「ふーん?帰りたく、ないんだ?」

微妙にからかいを含んだ声音で常盤が呟く。

「・・・別に、帰りたくないわけじゃありません。」

無愛想に返した言葉。
この人には関係ない、そう思いながらささめは今度こそ帰ろうと決意した。

いつまでもふらふらしていても仕様がない。義兄は良い人だ。ちゃんと向き合ってみよう。
これからも家族として付き合っていくんだから、ここでちゃんと分かり合っとくんだ。

多少の強がりも、入っている。でも、元来生真面目な性質であるささめは思い込んだら一直線なのだ。

そうと決めたらもうここでぐずぐずしているつもりはなかった。
常盤に向って別れの挨拶を口にしようとする。

が。しかし――――・・・。
次の瞬間。その決意は常盤の意外な提案により見事にささめの中から吹っ飛んだ。


「オレんとこ、くる?」


「・・・は!?」

ものすごい勢いでささめが首をめぐらし、思いっきり目を見開いて目の前の男を凝視した。
またなんて妙な提案をしてくるのかと、ささめは信じられない思いだった。

確かに年頃の娘に向って、ルームメイトにならないか、とか、家にくるかなどと臆面もなくいってのける男というのもなかなかに稀有な存在ではあろう。

しかも、結構な男前である。
どうみても女性に不自由しているようには、見えない。

なんでこの人こんなこと言うんだろう、とささめは内心不思議に思わずにはいられなかった。

「どうする?」

「ど、どうするって・・・。」

答えようが無かった。ささめが絶句する。
そんな、あからさまに警戒しているささめを見て、常盤が馬鹿にするように鼻で笑った。

「ああ、襲われるとかその手の心配はしなくていいぞ?そういうのは後五年―――・・・、いや最低でも後10年は経ってからにしてくれ。」

「なっ!?」

あまりといえばあまりな常盤の言葉に、ささめの頬が朱色に染まる。

なんだかこのところの鬱憤めいた怒りに、このとき見事に火がついた。
反論しようと口を開く。

しかし、そんなささめの気迫もなんのその。常盤はさっさと踵を返すと、夜の繁華街を歩き始めていた。

―――何!?いい逃げするつもり!?

煮えたぎる腹と頭を抱えて、ささめは常盤に抗議しようと、おろしポン酢のたれを下げ、ざかざかと常盤の後を追ったのだった・・・。


後に、この時の行動が自分の人生の分岐点だったと、ささめは溜息混じりに思い出すことになるのだが―――・・・もちろん、この時はまだそんなこととは露知らず。

前を行く男の背中に向って。

「10年もしたら私27ですよ!?四捨五入したら、30歳じゃないですかーっ!!」

等という、わけのわからないことを叫んでいたのだった。




連れて行かれた・・・というか、ついていった先はホテルだった。
かなり高級感あふれる外装。ウィンドウガラス越しに、品のよさ気なロビーが見える。

―――ここ??

ごくごく自然にホテルの入口を潜る常盤の姿に、ささめが固まった。

「とうとう同居人に追い出されてな。今はここに部屋を取ってる。」

ささめを振り返り、常盤が小さく口元に笑みを刷いて言った。

「そう、ですか・・・。」

ぎこちなくささめが返答する。

ここにくるまでの道のりでさんざん男に怒りの言葉をはいたささめは、さすがにいうことをなくしていた。

なし崩し的に男の後をついてきてしまったことが信じられない。

しかも、ささめは常盤の『夜はいないから、部屋を好きに使っていい』という言葉に、ついうっかり常盤の部屋を今夜借り受けることを承諾してしまっていた。

これは、多分に先程常盤が吐いた、襲われる云々に対する売り言葉に買い言葉だったのだが・・・。


「家、連絡しなくていいのか?」

ロビーに入るなり、常盤は広いホテル内の一角にある電話ボックスを目線で示しながらささめにたずねてきた。

連絡、咄嗟にささめの頭に・・・義兄の顔が浮かぶ。
とんかつを作りかけのまま放ってきてしまったが、いまごろどうしているのだろうかと急に心配になってきた。

「あ、はい。します。」

素直に、頷く。ささめは手に持った財布を握り締め、電話ボックスへと向った。


電話ボックスの中に入り、受話器を持ち上げる。
ちゃりりと小銭をいれ、ささめは自宅の電話番号を押した。

数回のコール音の後、電話口にでたのは当然のごとく義理の兄。

あまりにもささめの帰りが遅いので、いまから探しにいくところだったといわれ、ささめの胸がちくりといたんだ。

ささめはなんと説明しようかと考えあぐねる。

いきなりほとんど見知らぬ男についてホテルにきているとは、さすがに口が裂けてもいえない。結局ささめは、ばったりあった女友達の家に急に泊まりにいくことになったと、告げた。

本当かと聞き返してくる義兄の声はひどく不審そうではあったが、ささめはどうにか説得し、かしゃんと受話器を元に戻した。

ほぅ、と息が漏れる。嘘をついてしまった罪悪感が、ちりちりと胸を焦がした。

「終わったか?」

「あ、はい。」

いつの間にか常盤が電話ボックスの扉を開け、背後に立っていた。
ささめが驚きながらもうなずくと、常盤はまたもやさっさと歩き始めてしまう。


辿り着いたその部屋は、少なくともささめの目にはかなり上等なものに見えた。
カーテンの開いた窓からは、見事な夜景が望める。

そして、何故かベッドは二つ。
きょろきょろと周りを見回すささめの後ろから、常盤が声を掛けてきた。

「ほら、ここ好きに使って良いから。この間もいったと思うけど、夜のうちは使ってないしな。」

「あ、はい。」

「じゃあ、オレ行くけど。内側から鍵、閉めとけよ。」

「はい。」

こうして常盤は、ささやを一人残して、本当に部屋から出て行ってしまった。
呆然と、する。まったくもって自分の行動が信じられなかった。

一度あっただけの素性も知れない男についてくるなんて。


ささめはかちゃりとドアに鍵を下ろし、ふかふかのベッドのうちの一つにぼすりとすわりこんだ。
今日の出来事を反芻する。

自分のキャパシティをかなりオーバーしたその出来事。しかも両親は後4日間戻ってこない。
とりあえず今日はなんとか乗り切ることができたが、この後どうするべきか。

呆然とする頭でささめは考えながら、煌煌とひかる夜景をじっと眺めていた。



―――そして、翌朝。

ぱちりと目を開けたささめは、ぼんやりする頭で自分の現在の状況を把握しようとしていた。

今居るのは、ホテル。昨日家を飛び出た後、常盤成充という妙な男に連れられてきた場所。

ここから、ささめは痛む良心をどうにかねじ伏せて、ばったり会った友達の家に急に泊まることになったと義兄に連絡を入れたのだ。

溜息が、漏れた。嘘をついたうえ、外泊。しかも本人が居なかったとはいえ男性の部屋に。

とりあえず、起きて帰ろう。そう思い、ささめはベッドから身を起こし・・・危うく悲鳴を上げそうになった。

「!?」

な―――――――――っ!?

声にならない悲鳴。

ささめが向けた視線の先にあった・・・もとい居たのは、常盤成充。
何故かちゃっかりささめの横に潜り込んでいる。

いや、ここが常盤の借りている部屋だということを考えれば、それは当然のことといえるのかもしれないが。

しかしベッドは二つある。何故よりにもよって自分のいる方のベッドに入り込んでくるのか。
ささめは、思考も体も微塵も動かさず目を見開き、そのまま凍り付いていた。

しかも、常盤は裸だった。少なくとも上掛けから覗いている部分、上半身と膝から下には何も身に着けていない。

静かにきこえてくる男の寝息を耳にしながら、ささめはようやくとんでも無いところにきてしまったらしい事実に気づいていたのだった・・・。



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