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Stage.01 2006/12/12(Tue) 00:27
初めて出会った時に随分と立ち姿の綺麗な子だなと思った。
そして二度目に出会った今もやっぱり立ち姿の綺麗な子だなと思うからきっと彼は本物。

首元まできっちりと釦の止められたスタンドカラーの白シャツ。
肩より少し長い黒髪は後ろで一まとめに括られ、染み一つ無いシャツの上に流れている。

ぱっと見、切れ長で冷たい感じがすると思った目はその実近くで見ると深く、そして穏やかに優しい。

あー、耳元に揺れる金のピアス、褐色の肌によく似合ってるなぁ……と、あたしより優に二十センチは背の高い彼を見上げながら暢気に思う。

……はて? でも何でこの子、あたしの前に立ちふさがってるんだろう。

弟の同級生――というか、留学生でもあるらしい彼はクレディアス・ヴァン・アルパティルース君という一度訊いただけでよく覚えてたなあたしと自分をちょっとほめてあげたくなるくらいややこしく舌をかみそうな名だったと思う。
訊いた所によるとどこぞの王室の皇子様であるとかないとか。所詮はあたしの弟が仕入れてきた情報、真偽の程は知れないものの、何となくだだ漏れている高貴さは噂に真実味を持たせるには充分すぎる気がしなくもない。

「ええと、クレディアス君、だよね。なにか御用?」
「――クレイ。」
「ん?」
「―クレイ、と親しい友人は呼びます。貴方もそう呼んではくださいませんか?」
「え、えーと、そう? じゃあそうしようかな? それじゃ改めてましてクレイ君、あたしに何か用事? あ、もしかして章吾が何かした? あいつ昔ッから悪ガキでどうしようも無いのよねー、もしそうならあたしからきつく言っておくけど」
「いえ、そうではありません。章吾はとても良くしてくれます」

即座の否定。……うーん、よね。
あいつ、悪ガキだけど不思議と昔から面倒見はいいもの。一度自分の懐に入れた相手に愚図愚図と何かを仕掛ける真似はしないか、やっぱり。

でもそうなると、この子があたしを――多分――待ち伏せていた理由が益々わからない。

「――済みません、ご迷惑でしたか?」
「え、あ、や、そんなことないけど。あー、でもちょっと不思議ではあるかな。だってほら、君があたしに何か用があるとはおもえなくってさ」

あははと笑いながらとりあえず誤魔化してみたりして。
でもクレディ、じゃなくてクレイ君がやっけに真剣な顔してるから、あたしの笑い声も尻つぼみに消えるしかなかった。

何処と無く気まずい沈黙。多分そう思ってるのはあたしだけなんだろうけど。
年下の男の子って家のがさつな馬鹿弟くらいしか知らないから、こういうタイプの子だとどう扱っていいのかいまひとつわかんないのよね。

「用、といえるかどうかはわからないのですが」
「うん、うん、何?」

一呼吸置いたクレイ君が思い切ったように喋りだしてくれて、ほっとした。
こくこく首を振った後、しっかり聞く体制を整える。真っ直ぐに見上げて、思わずその顔に見惚れちゃったのは、まあご愛嬌。

趣味如何に問わず、綺麗なものは綺麗だわ、やっぱり。

「好きになってしまいました」
「あー、うん、日本がでしょ? 知ってる知ってる、この間言ってたの聞いたし」
「いえ、そうではなく――貴方が好きなんです」
「あー、わかってるわよー、日本の女の子可愛いって言ってたもんね、ありがとねー」
「……」

あれ? 何でそこで黙り込む?
この間ちょっとだけ話した時、確かそんなような事言ってたと思ったんだけど。違ったかな。
あの後情けないことに熱出してぶっ倒れちゃったのよね、あたし。
話してたときも最後の方は若干ぼんやりしてたっけそういえば。
あ、章吾には口止めしといたけど、もしかしてこの子に言っちゃったんじゃないでしょうね、あの馬鹿。

でもそうだったら、あたしの帰り道にこの子が居た理由がわかるかも。
つまり、謝りにきてくれた? いやでもあれは、あたしが悪いんだし。

「あの」
「あー、あのね! 気にしないで、ホント。あれはあたしがそうしたかったからそうしただけでね、熱が出たもの自業自得、君には全然まったく責任なんてないの。謝りに来てくれたんだとしても、全然そんな必要ないからね? わかった?」

彼が何かを言い出すより早く、一気にまくし立てた。
ふと気付けばクレイ君が目を瞠って吃驚したようにあたしを見下ろしている。

……この反応……なんだかもしかして、違った……? あのことじゃない? 勘違い?

「――熱、が出たんですか?」

ぐは、やっぱり勘違ってた。自分から何で余計な事をバラすんだ、あたしよ。

「――っ、あー、もう、ごめん。違うそうじゃなくて。そっちはとりあえず端っこにおいておいて。それより、そう、それよりも先にクレイ君の用事を聞かせて」

「よくありません、熱が出たんですね? ……すみません、僕の責任です」

いやだから違うって。お願いだからそんなにしょんぼりしないでよ。
しっぽが垂れてるしっぽが。いや、実際には彼に尻尾なんて付いてないけどあったら絶対垂れてる勢いだし、これ。

どうすりゃいいのよあたし。慰める――のもおかしな話よね。

ううん、と額に手をやり唸るあたしと、暗澹たる面持ちの彼。
人通りの少ない道で無けりゃ、何事かと注目される事間違い無しの有様だったに違いない。
あー、でもこの状況を差っ引いても、あたしはともかくこの子は何処に居ても目立ちそう。あれ? そういえばあたし、なんでこんなに頭を悩ませてるんだっけ? ええと、確かあたしに用事があるのよね?

そもそも何でこんなことになってるのか事の発端にまで考えが及びだした頃、額に当てていたあたしの手は、何故か突如としてクレイ君の手の中にそっと包み込まれるという事態に陥っていた。

「えーと……どうかした?」

「誉(ほまれ)さん、僕と結婚してください」

確固たる一念の籠もった眼差し、やけに明瞭な声。

「――はい?」
「僕と結婚してください、と言いました」

――ケッコンシテクダサイ?

え、それってもしかしてプロポーズ? まさか血痕じゃないわよね、ってそれじゃ意味わかんないし。
もしかして――しなくても、私、人生お初のプロポーズされちゃってるって事?

情緒も色気もまったく無い薄暗い小路地。
明らかにそぐわない風情の王子様が一人。

あたしの手を握り締めて、真剣な顔をして。

これってもしかしたら地球がうっかり何かの拍子に逆回転を始めちゃったとか?
地殻変動の前触れとか?

何? 何? 何? 何なの、何なのよーっ。

「誉さん? ……誉さんっ!?」

ちょっと前まで風邪で寝込んでいた所為か、はたまた思考の許容量がオーバーしたのか。
あたしは一言も返事をすることなく――、硬直したまま後ろにひっくり返っていた。


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